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人にはどうしてもゆずれない瞬間が訪れます。それは、「肉を食いたい」と思う瞬間です。その瞬間は何の前触れもなく、突如としてやって来ます。

その日も、突然に「肉を食いたい」瞬間がやって来ました。それは、肉巻きおにぎりを頬張る男子高校生とすれ違った時でした。

部活帰りと思しき男子が、まるでリスのように両頬いっぱいに肉巻きおにぎりを詰め込み、幸せとはこういう表情のことをいうのだろうという顔をしていたのを目にしてしまったからです。

「ああ、肉。肉とメシ粒」もはやそれ以外考えられません。ドナルド・トランプが大統領になって日本経済がどうなるかとか、今年度の会社の決算が悪いかどうかなど一切関係ありません。肉とメシ粒を頬張ることしか頭に浮かばなくなりました。

恵美須町へまっしぐら。肉との戦いを求めて

こうなると、目指す店舗はただ一つです。恵美須町にある、“肉との戦場”です。地下鉄恵美須町駅の階段を駆け上がり、堺筋を北上します。途中、コスプレをした女性が「おにーさん、いっぱいどうですかー」と至極友好的かつ鼻にかかった声で誘うのも意に介しません。ゴール直前の競走馬のように、店舗のみを目指します。

日本橋四丁目交差点から北へ1分ほど。恵美須町の駅からは、早歩きで5分程度。堺筋西側に面した店、「焼肉定食こいろり」が現れます。

アダルトDVDや電子機器類を扱う店に囲まれ、ややもすると日本橋近辺を歩く人々にとっては興味が薄いお店かもしれません。事実、間口は一間程度の小さな店です。

しかし、肉を求めるファイターにとっては、燦然と輝く北極星のような存在です。おそらく、そのときの私には、赤い電飾で彩られた看板が、人より数倍輝いて見えていたはずです。

店先には、パソコンでプリントアウトしパウチしたと思われるそっけない看板に「24時間営業」との文字が。ありがたい。どんなときにも肉を求めるファイターを受け入れる度量が示されています。

 

扉を開けると、そこは戦場であった

自動ドアが開くと、熱気がムワリと襲ってきます。細長いカウンターにズラリと並ぶガスコンロ。

その1台1台に対峙するファイター達。コンロの熱気に、ファイター達の熱気が重なり、「そりゃ熱くなるよな」と納得してしまいます。

だが、正直に言ってファイター達の戦いぶりなんて、あまり記憶にありません。私が陣取るためのカウンターの席。正確に言えば、対峙する私用のガスコンロだけが、視界にあるからです。

この瞬間、脳内BGMはアントニオ猪木のテーマです。カウンター席のすぐ後ろにあるハンガーに、ダウンジャケットと上着を掛け、上半身の出で立ちはシャツ一枚。臨戦態勢は整いました。

 

出鼻をくじかれた、「黒毛和牛上ロース定食」の不在

おもむろに卓上メニューを取り上げ、本日の対戦相手を選びます。「特盛ハラミ定食840円」「黒毛和牛骨抜カルビ定食980円」とリーズナブルなものが並びます。

「ちがう」、もっと強敵を胃袋は求めています。

「黒毛和牛上ロース定食1500円」「黒毛和牛上骨抜カルビ定食1500円」。相手にとって不足なし。少々迷ったものの、「上ロース定食!」と脇につけた店員さんに勢い良く言います。

返す刀で、「申し訳ありません。上ロース定食が売り切れで、、、」と、言葉が帰ってきました。なんと、一騎打ちを申し込んだ相手に撤退された気分です。となれば、もはや選択肢は上カルビ定食しかありません。

しかし、夜9時の段階で売り切れている上ロース定食とは。気になるではありませんか。また戦場に来いという招待状を注文時から受け取ってしまうとは。

「待てよ。ということは肉質がいいのではないか?」と瞬時に予想が立つや否や、「では上カルビ定食。それに単品で上塩タンも」と追加オーダーまでしてしまいました。ニッコリと笑って注文を厳かに繰り返す店員さんは、パタンと注文を受け付ける端末のフタを閉じると、目の前のガスコンロのスイッチを「カチッ」と入れた。もっとも、私には、「カーン!」というゴングの音にしか聞こえなかったのは言うまでもありません。

 

ゴウゴウと燃える炎。戦いの始まり

コンロに火が入ると、ゴウゴウと黄色い炎が網越しに見える。奥行きの狭いカウンターで、一人用としてはいかにも大きいファミリーサイズ。顔には絶えず熱風がかかり、さながら護摩行のようです。

ほどなく、上塩タンが運ばれてきました。プラスチック製の器に、整然と並ぶ上塩タン。厚みはほどほど。

けれども、塩の後ろに見える肉の肌には脂のしっかりした斑紋があります。そして無造作にカットされたレモンが載った小鉢。

正しい塩タンの姿がそこにはありました。肉を網に載せるためのトングが備え付けられていましたが、そんなものは使いません。男前に割り箸でエイヤッと網に塩タンを載せます。

黄色い火柱が立ち、肉の表面にジュワリと脂が滲んでいます。食べごろ。ザッと網から引き上げ、レモン汁にツーバウンドさせ、口に運びます。前歯でサックリと切れる適度な硬さ。なめらかな脂。「いいねえ」次の塩タンが網に乗ります。ほどなくツーバウンドさせ、口へ。「やるねえ」あっという間に器の上塩タンがなくなりました。

タイミングよく上カルビ、まんが日本昔ばなしのような盛り方の白ごはん。ざく切りのキャベツ。スープが運ばれます。

奥行きの狭いカウンターで、どうフォーメーションを組めばいいのか悩むところですが、皿達をワイドに展開し、どれもサッと取れるように配置します。

そして、右手に携えた割り箸でゴロンとした見た目のカルビを網の上に置き、左手には山盛り白ごはん。

ジュワジュワと肉の表面に脂が泡立った頃合いで、タレに浸し、白ごはんへワンバウンドさせた後に口へ放り込みます。

途端に広がる肉汁。コク。タレの甘み。間髪いれずに白ごはんをワッシワッシとかき込みます。

「これだよ、コレ!」

脳内で大声で叫び、ニヤリと笑いを浮かべます。

後は目の前のカルビ達をひたすら片付けていくのみでした。肉、飯、肉、飯。ワシワシ。時々スープとキャベツ。

きっと、世界一「無我夢中」という言葉が似合っている男になっていたはずです。

気がつくと、一粒残らず米粒がなくなったごはん茶碗と、すっからかんになったプラスチックの皿達。

ゆっくりと箸を下ろし、キンキンに冷えたお冷をゴクリゴクリと飲み干します。「プフーーッ」と幸せなひと息をついたころには、額に汗がにじんでいました。まるで、世界タイトル戦に勝ったレスラーのような心地。何も言うことはありません。

 

戦い終えて、次の戦いを見据える

「ごちそうさまー」と会計をすると、上塩タンと黒毛和牛上骨抜カルビ定食で税込み2115円でした。

肉質、そして一人焼肉バトルの楽しさから考えれば納得の金額です。

「上ロースはいつも何時くらいに売り切れるんですか?」

と聞いてみると、

「日によって違うんですが、夜はもう売り切れていることが多いです。昼でも売り切れることも。。。」

と言う。カルビに満足していたのに、期待させる答え。もう次の来店、いやタイトル戦のマッチメイクを検討しなければと思ったしだいです。

「こいろり」は、カウンターメインですが、奥には2人掛けのテーブルが2セット、それと4人掛けが1セットあります。

もちろん、仲間で訪れて、あれこれ頼むのもできますが、”禁肉症状”が出たおひとり様にこそ訪れてほしいお店です。ちなみに、山盛りごはんは1杯ならおかわり無料。腹をすかせた若者にこそおすすめです。

 

店舗情報

店名:焼肉定食 こいろり

住所:大阪市浪速区日本橋4-12-2

電話:06-6334-1608

年中無休 24時間営業

ホームページ:http://www.iroliya.jp/

※グループ店を含むホームページです